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足立 香代子先生にお聞きしましたーMCT(中鎖脂肪酸)を活用した高齢者の低栄養状態の改善手段

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一般社団法人臨床栄養実践協会理事長
東京高輪病院名誉栄養管理室長
足立香代子先生

高齢者の栄養管理では「油(油脂)」と「やせ」がキーワード

「油(脂質)」は健康のためには減らしたほうがよい」という世の中の考え方はいまだに根強いと感じています。しかし実際には、その摂取量は食事摂取基準よりも不足していることが多く、特に70歳以上の高齢者についてはそれが顕著になっています。加齢に伴い食事量が減少し、ただでさえ低栄養になっているケースが少なくないため、油(脂質)をいかにうまく摂り入れていくかは考えていく必要がある課題です。管理栄養士の皆さんは、高齢の方や利用者、ご家族に対する栄養指導の際、まずはこのような誤解を解くところから始めなければならないと思います。

一方で「やせ」も問題です。高齢になってからの「やせ」は、フレイルやその先のサルコペニアにもつながりかねません。厚生労働省は2015年の発表で70歳以上では、BMI22.5〜27.4kg/m2が最も死亡率が低いとしています。これまで標準としてきた22 kg/m2よりも小太りくらいのほうがよいということです。高齢の患者・利用者に対しては、入院時・入所時から「やせ」には注意し、「やせさせない栄養管理」を行うことが大切になります。

MCT(中鎖脂肪酸)に期待できるさまざまなメリット

MCTには①量が摂りやすい ②脳の代替エネルギー(ケトン体)を産生する ③腫瘍の栄養とならないエネルギー(ケトン体)を産生する ④運動のパフォーマンスを上げるなどのメリットが期待できます。

量が摂りやすい
これは、MCTの代謝の特徴によるものです。食べ物は、胃で消化され、小腸で吸収され、肝臓で代謝されます。糖質など多くの栄養素はこの流れを経てエネルギーとなるわけですが、脂質のなかでもMCTだけは、胃での膵液リパーゼでの分解による胆汁酸を形成する過程が必要なく、そのまま小腸で吸収され、門脈に届いて肝臓で代謝されます。そのため、胃など消化管への負担が少ないのです。前に述べたとおり、高齢者はより油脂を摂取すべきなのですが、ほかの油脂の場合、なかなか必要量を摂るのが難しくなります。検証するため、自分自身で空腹時に大さじ1杯のオリーブ油を飲んだことがあります。するとまったくお腹が空かず、およそ2時間後にようやく身体が温まってきた感じがしました。つまり消化に時間がかかり、オリーブ油はその間胃に留まっていたということがわかります。ただでさえ高齢者は食事量が少なくなっているので、栄養バランスのよい食事のためには油脂のみで満腹にしてしまうわけにはいきません。つまり食事のみでは基準量の油脂が摂れなくなります。しかし、MCTの場合は胃に留まらずに吸収されるので、ある程度の量を摂ることが可能です。
脳の代替エネルギー(ケトン体)を産生する
MCTは、吸収されたのち短時間でケトン体に代謝されます。このケトン体は、脳の唯一のエネルギー源とされてきたブドウ糖に代わるものとして近年知られています。アルツハイマー型認知症になると、脳ではブドウ糖を代謝するためのインスリンが働きにくくなり、ブドウ糖をうまく利用できなくなります。これが認知機能の低下につながるのですが、ケトン体がブドウ糖の代わりを務めることがわかり、ケトン体摂取による症状の抑制が期待されています。このケトン体を素早く容易に作り出せるものとして、MCTが挙げられています。
腫瘍の栄養とならないエネルギー(ケトン体)を産生する
今からおよそ80年前にドイツの生理学者であるオットー・ワールブルグが行ったマウスによる実験のなかで、糖質が腫瘍細胞の栄養分になることが示唆されました。これに基づくと、腫瘍細胞を死滅させるには糖質を制限すればよいということになりますが、糖質は人間に欠かすことのできない三大栄養素の一つであるため、単純に制限するわけにはいきません。しかし、人間のみがエネルギーとして活用できるケトン体の存在が注目されることになり、腫瘍に対するケトン体の新たな活用方法が模索され始めています。❷で述べたとおり、MCTはそのケトン体を素早く作り出せる中鎖脂肪酸100%で構成されたオイルです。
運動のパフォーマンスを上げる
その消化・吸収・代謝の経路から、いち早くエネルギーに変換するのがMCTです。さらに、それが長時間持続するため、糖質のように度々補給する必要がありません。ですから、フルマラソンなど長時間のパフォーマンスが求められる運動には特に適したエネルギー源といえるでしょう。

MCTを上手に活用する方法とポイント

MCTは毎日の食事のなかで摂り入れていくのが理想です。しかし、病院や老人福祉施設では食事の予算が決まっているため、常時使用していくのは現実的でないかもしれません。まずは売店に置いてもらうなどし、必要と思われる人に紹介し、活用してもらえる方法を考えていきます。これは、在宅での活用にも応用できるでしょう。

MCTの活用法としては、「混ぜる」「かける」「あえる」などが基本となります。煙が出やすく加熱には不向きなため、基本的には生で使用します。方法として大きく分類すると「飲み物や汁物に混ぜる」「主食やおかずにかける(あえる)」ということになると思います。例えば、食事のみそ汁やおやつのコーヒーに混ぜる、サラダのドレッシング代わりにかける、ご飯や野菜炒めにあえるなどがあります(表)。無味無臭なので料理の味を損わないため、違和感を感じずに食べることができます。

ただし、摂り方にはいくつか注意点があります。まずは「ゆっくりと少量から摂取すること」。みそ汁やコーヒーに混ぜると摂りやすい半面、早飲みをしてしまい下痢や嘔吐などの消化器症状を引き起こすことがあります。まずは「ゆっくりと」できれば「咀嚼しながら」摂るような方法からスタートし、食べ方を指導することが大切です。また「大量に摂り過ぎないこと」もポイントです。これも下痢や嘔吐を起こさせないためです。適量に関しては個人差があるので、最初は4.6g(小さじ1杯)から始めて、徐々に増やしながら、その人にあった摂取量をみつけるようにしましょう。

MCTを上手に活用することで、短期間で「やせ」の改善が図られ元気になった例は多く、私の母もその一人です。高齢の患者さんや利用者さんの食べられる状態を継続するためにも、MCTの活用は効果的な栄養管理の手段の一つになると思います。

グラフ

プロフィール●あだち・かよこ
中京短期大学家政科食物栄養専攻卒業後、医療法人病院を経てせんぽ東京高輪病院(現・東京高輪病院)に勤務。2014年一般社団法人臨床栄養実践協会を発足。長年の臨床経験を活かし、年間100回を超える講演会を通して管理栄養士の育成にも力を注ぐ。メディアへの出演も多数。主な受賞は日本栄養改善学会賞(1994年、2001年)、厚生労働大臣賞(2003年)、日本栄養士会功労賞(2008年)、日本臨床栄養学会教育賞(2008年)。主な著書は「油はすごい。」(毎日新聞出版)、「太らない間食」(文響社)、「足立香代子の実践栄養管理パーフェクトマスター」(学研メディカル秀潤社)、「日本一おいしい病院ごはんを目指す! せんぽ東京高輪病院500kcal台のけんこう定食」(ワニブックス)、「決定版 栄養学の基本がまるごとわかる事典」(西東社)